同業他社へ転職できるか ― 退職後の競業避止義務が有効になる場合と、誓約書

机に向かい、書類に手書きで書き入れている手元 労働

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誓約書や就業規則の定めが有効とされる条件と、違反したときに問題になること

退職した後は、誓約書や就業規則などに定めがなければ、原則として同業他社へ転職できます。定めがあっても、その内容が職業選択の自由を必要以上に縛るものであれば、無効とされます。

この記事の結論

  • 在職中の労働者は、特約がなくても、信義則に基づいて会社と競合する行為を控える義務を負うと解されています。
  • 有効かどうかは、守るべき会社の利益、従業員の地位、地域、期間、禁止される業務の範囲、代償措置の有無を見て判断されます。
  • 定めがない場合でも、会社の営業秘密を不正に使えば、不正競争防止法に基づく差止めや損害賠償の対象になります。

在職中と退職後では、競業を禁じる根拠が違う

在職中は、就業規則や誓約書がなくても、労働者は会社と競合する行為を控える義務を負うと解されています。労働契約に伴う信義則が根拠です。

退職すると、この信義則上の義務はなくなると解されています。退職後に競業を禁じることができるのは、誓約書、労働契約、就業規則などに定めがある場合です。

就業規則で定める場合は、その定めの内容が合理的であることも必要です。

在職中退職後
義務の根拠労働契約に伴う信義則誓約書・労働契約・就業規則などの定め
定めがない場合義務を負うと解されている原則として義務を負わない
定めの有効性-合理的な範囲を超えると無効
在職中と退職後の競業避止義務の違い

誓約書があっても、無効とされることがある

憲法第22条第1項は、職業選択の自由を保障しています。退職後の競業禁止はこの自由を制限するため、有効と認められる範囲は限られます。

制限が合理的な範囲を超えて退職者を不当に縛る場合、その定めは民法第90条の公序良俗に反し、無効とされます。

有効性の判断で見られる6つの事情(経済産業省の整理)

  • 会社に守るべき利益(営業秘密など)があるか
  • 従業員の地位や担当していた業務
  • 地域の限定があるか
  • 禁止される期間の長さ
  • どの仕事を禁じるかが絞られているか
  • 代償措置(手当や高い賃金など)があるか

経済産業省の資料は、裁判例の分析から、有効とされやすい定めと無効とされやすい定めを次のように整理しています。

有効とされやすい無効とされやすい
期間1年以内2年を超える
禁止の範囲業務内容や職種で限定している一般的・抽象的な文言
地域-職業選択の自由を妨げるほど広い
代償措置設けられている設けられていない
対象者守るべき利益に関わる業務の従業員競業を禁じる必要のない従業員
有効性が認められやすい定めと、認められにくい定め(経済産業省の整理)
クリップで留めた書類の束をめくる手元
誓約書や就業規則の、期間・地域・業務の範囲の定めを読みます。

裁判例では結論が分かれている

研究部員と販売員が、退職後2年間の競業避止の契約を結び、在職中に機密保持手当を受けていた事案があります。裁判所は、期間が比較的短く、職種の範囲も狭いことなどから契約を有効とし、競業の差止めを認めました。

一方、退職後2年間、同業他社への転職を禁じた合意を無効とした裁判例があります。保険商品の販売の知識は本人が努力して身に付けたもので、地域の限定もなく、高額の賃金も十分な代償とはいえないと判断されました。

参考・本文で紹介した裁判例

  • 奈良地方裁判所昭和45年10月23日判決・判例時報624号78頁〔フォセコ・ジャパン・リミテッド事件〕(有効)
  • 東京地方裁判所平成24年1月13日判決・労働判例1041号82頁〔アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件〕(無効)

誓約書への署名は強制されない

会社は、退職時の誓約書への署名を強制できません。署名しなかった場合、就業規則などにも定めがなければ、退職後の競業避止義務は原則として生じません。

署名する前に誓約書を読み、禁止される期間、地域、業務の範囲と、代償措置があるかを確かめてください。

有効な定めに違反すると、損害賠償や差止めを求められる

定めが有効で、その違反によって会社に損害が生じた場合、会社は退職者に損害賠償を請求できます。転職先での競業行為の差止めを裁判所に求めることもあります。

同業他社へ移ったことを理由に退職金を減らす定めもあります。その適否は、競業避止の定めの有効性とは別に、退職金を請求できるかという問題として判断されます。

定めがなくても、営業秘密の不正な使用は禁じられる

競業を禁じる定めがなくても、営業秘密の不正な使用は禁じられています。

会社から示された営業秘密を、不正の利益を得る目的や会社に損害を加える目的で使い、又は漏らす行為は、不正競争防止法の不正競争に当たります。

これにより営業上の利益を侵害された会社は、侵害の停止を求めることができます。故意又は過失がある場合は、損害賠償も求めることができます。

同法の「営業秘密」は、秘密として管理され、事業に役立ち、公に知られていない技術や営業の情報です。顧客名簿や設計図面がその例です。

最高裁判所は、競業を禁じる定めなく退職した元従業員が、同種の事業を営んで元の会社の取引先から仕事を受けた事案を扱いました。

判決は、営業秘密を使っておらず、元の会社の信用をおとしめるなどの不当な方法もとっていないとしました。退職直後に元の会社の営業が弱っていた状況をことさら利用したともいえないとして、不法行為に当たらないと判断しています。

参考・本文で紹介した最高裁判所の判決

  • 最高裁判所平成22年3月25日第一小法廷判決・民集64巻2号562頁〔三佳テック事件〕

よくある質問

競業避止の誓約書にサインしてしまったら、必ず守らなければいけませんか。

署名していても、合理的な範囲を超える制限は公序良俗に反して無効とされます。期間、地域、業務の範囲、代償措置などから判断されます。

同業他社への転職禁止が2年とされていたら有効ですか。

2年間の制限でも、有効とした裁判例と無効とした裁判例があります。経済産業省の資料は2年を超える期間を有効性が認められにくい要素としていますが、業務の範囲や代償措置なども見て判断されます。

競業避止義務に違反すると損害賠償を請求されますか。

定めが有効であれば、損害賠償や差止めを求められることがあります。定めが無効であれば、その定めに基づく請求は認められません。


相談の前に用意するもの

相談の前に用意するもの

誓約書、労働契約書、就業規則の写しと、在職中の担当業務や役職が分かる資料を用意してください。

本稿は一般的な制度の説明です。個別の事案については資料に基づく検討が必要です。

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