「事故の前からの病気があるから何割か引きます」と言われたとき、どこを確かめればよいのかを整理します。
「あなたにはもともと腰の病気がありましたね。ですから何割か減らします」。相手方の保険会社からそう言われて、返す言葉が見つからないという方がいます。ぶつけられたのは自分なのに、体質や持病を持ち出されるのは納得しにくいものです。
この主張は素因減額と呼ばれ、認められることもあります。ただし、判断のときに考慮される事情は決まっていますので、保険会社の説明がそれに当てはまるのかを検討する余地があります。この記事では、どういう場合に減らされ、どういう場合に減らされないのかを整理します。
素因減額とは何か
被害者の体質や、事故の前からあった病気(既往症)が原因で、けがや治療後も残った症状(後遺障害)が重くなったといえる場合には、損害を公平に分け合うという考え方から、賠償額を減らすことができるとされています。被害者側にも事故についての落ち度があるときに賠償額を調整する過失相殺の規定(民法第七百二十二条第2項)を、落ち度がないこの場面にも当てはめて用いる、という形です。これが素因減額です。
最高裁判所平成4年6月25日第一小法廷判決・民集46巻4号400頁は、事故と、被害者がもともと抱えていた病気の両方が重なって損害が生じた場合について、その病気の内容や程度からみて、加害者に全部を負わせるのでは公平を欠くというときには、裁判所が賠償額を決めるに当たってその病気を考慮に入れてよい、と判断しました。
つまり、二つのことが要ります。その病気が、損害が生じたことや大きくなったことの原因になっているといえること。そして、損害の全部を加害者に負わせるのでは公平を失するといえることです。持病があったという事実だけでは足りません。
順番を取り違えないでください
素因減額は、事故とけがとの間につながりがあることを前提として、そのうえで額を減らす主張です。ですから、そもそも事故とこの症状につながりがない、という主張とは別のものです。保険会社の書面がどちらを言っているのかを見分けることが、反論の出発点になります。
原則として、「疾患」でなければ減らされない
ここが最も大事なところです。減らされるのは、体質や身体の要因が「疾患」、つまり病気に当たる場合です。病気とはいえない身体の特徴については、特別の事情がない限り考慮されません。
最高裁判所平成8年10月29日第三小法廷判決・民集50巻9号2474頁は、人よりも首が長い方の事案について、平均的な体格や体質と違う身体の特徴があったとしても、それが病気といえるものでなければ、特別の事情がない限り、賠償額の計算で考慮に入れることはできない、と判断しています。
そして、単に高齢であることや、年齢に応じた通常の範囲内の変化については、そのことだけを理由に減らされることはないと考えられています。画像に加齢による変化が写っていると指摘されたときは、事故の前後の画像、画像診断報告書、診療記録を確かめ、必要なら医師の意見も踏まえて、それが年齢の範囲を超えたものなのかを検討することになります。
病名ごとの傾向
実際に持ち出されることの多い病名について、傾向を挙げます。ただし、いずれも「この病名だから必ずこうなる」というものではありません。
椎間板ヘルニアは、背骨と背骨の間でクッションの役を果たしている部分が形を崩し、外へはみ出して神経を押してしまう状態です。若い方にも起こり、痛みが出ないまま過ごしていることもあります。裁判例では減額が問題になることの多い病名ですが、病名があるだけで減らされるわけではありません。事故による外傷で生じることもあるため、そもそも事故の前から持っていたのかどうかを慎重にみる必要があると指摘されています。
脊柱管狭窄症は、背骨の中を神経が通っている管が細くなり、痛みやしびれが出るものです。その多くは加齢によるものとされています。ですから、若い方に認められる場合には病気と評価されやすく、減らされやすい傾向にあります。他方、50歳以上といった一定の年齢の方については、直ちに病気と評価されるかは微妙です。もっとも、年齢だけで決まるものではありません。事故の前に通院していたか、手術のような処置が必要なものだったか、画像に何が写っているかを踏まえて判断されます。
後縦靭帯骨化症は、背骨の中の管の前側にある靭帯が、骨のように硬くなってしまうものです。症状としては、手足の痛みやしびれといった神経の障害が現れます。り患している方は平均して3%ほどとされ、国が難病に指定しています。この病気については、最高裁判所平成8年10月29日第三小法廷判決・交通事故民事裁判例集29巻5号1272頁が減額を認めています。ただし、実際の判断は、事故の前の状態や、事故後の症状への影響によって変わります。
骨粗鬆症は、骨がもろくなり、わずかな力でも折れてしまうことがある状態です。裁判例を並べてみると、高齢の方については減額を否定したものが多く見られます。他方、若い方の場合は病気として扱われ、減らされる方向に傾きます。もっとも、年齢だけでなく、骨密度や事故の前の症状などを踏まえて判断されます。
糖尿病については、減額を認めた裁判例も認めなかった裁判例もあり、事故の態様、けがの程度、糖尿病の具体的な症状の内容などによって判断が分かれています。
心の要因を持ち出されたとき
体ではなく心の要因、つまり心因的要因を理由に減額を主張されることもあります。うつ病などの精神的な疾患や、痛みの訴えが過度であるといった性格の問題が挙げられます。
よく引かれるのは、最高裁判所昭和63年4月21日第一小法廷判決・民集42巻4号243頁です。いわゆるむち打ち症(外傷性頚部症候群)の症状で、10年以上にわたり入院や通院を続けた被害者について、事故から3年が過ぎるまでに生じた損害だけを事故とつながるものと認め、そのうえで、その方の特異な性格などを理由に4割を減らすことを認めました。
もっとも、心の要因で減らされるのは、次のような場合が中心と整理されています。事故そのものが小さく、通常であれば心にまで響くほどのものではないこと。訴えている症状に見合う医学的な裏付け、つまり検査や画像など本人の訴え以外から確認できる異常がないこと。そして、けがの内容や医師の見通しから通常想定される期間を大きく超えて、治療が続いたことです。
また、後遺障害の程度が12級以下であり、事故のほかに症状を長引かせた事情も認められない場合には、治療の期間や内容を踏まえ、その精神の症状について通常生じる程度の損害については減額しない方向にあるとの指摘があります。後遺障害の等級は、数字が小さいほど重くなります。ここでいう12級以下とは、12級、13級、14級という比較的軽い等級のことです。認定の通知を開いて、ご自身の等級とその理由を確かめておいてください。

反論の手がかり
素因減額を主張されたときに、こちらから述べられる事情を挙げます。ご自身の事案に当てはまるものがあるかどうかを見てください。
減額を否定する方向に働く事情
- 事故の規模が大きいこと ― 衝突の態様や、修理費が高額であることなど。衝突が激しい事故であればあるほど、もともとの病気が効いた度合いは小さいと考えられます
- 検査や画像で確認できる身体の損傷があること
- 既往症の部位と、事故でけがをした部位が離れていること
- 認定された後遺障害の等級が重いこと(数字が小さいほど重くなります)
- 心の要因を持ち出された場合は、認定された後遺障害の等級が12級以下にとどまること
- 症状が、その方の職業に大きく影響するものであること
- 事故より前に、その部位の痛みやしびれを訴え続けていた記録が残っていないこと
「疾患に当たるか」を争うときには、診断書、画像診断報告書、事故の前後の診療記録を集め、病名が確定しているのか、事故の前から症状があったのかを確かめていくことになります。診断書や画像の報告書に病名が一度出てくるだけで、ほかの記録には見当たらないという事案もあります。
減額を否定した裁判例
実際に減額を認めなかった裁判例を挙げます。争える余地があることが分かります。
否定例
- 椎間板ヘルニア ― 東京地方裁判所令和3年10月28日判決・交通事故民事裁判例集54巻5号1384頁。腰椎の椎間板ヘルニアがあるとされたものの、事故より前に腰や右足の痛み、しびれを訴え続けていたとは認められないこと、競輪選手として事故の直前まで長い間よい成績を残していたこと、残った後遺障害も14級9号であることなどを挙げて、減額を否定
- 脊柱管狭窄症 ― 名古屋地方裁判所平成18年12月15日判決・交通事故民事裁判例集39巻6号1763頁。加齢による変化であって病気による素因というべきものではなく、人による違いの幅を超えるほどのものともいえないとして、減額を否定
- 後縦靭帯骨化症 ― 東京地方裁判所平成27年6月24日判決・交通事故民事裁判例集48巻3号750頁。事故前の検査報告書に記載はあったが、同じ病院のほかの医療記録には見当たらず、後遺障害診断書にも記載がないことなどから、本当にり患しているか、けがを拡大させたといえるかは明らかでないとして、減額を否定
- 骨粗鬆症 ― 大阪地方裁判所平成27年4月24日判決・自保ジャーナル1951号150頁。骨密度が正常値よりやや低い程度であったことから、減額を否定
- 糖尿病 ― 神戸地方裁判所平成17年7月21日判決・交通事故民事裁判例集38巻4号1008頁。事故より前に糖尿病の治療を受けていたことを示す資料がなく、主治医も、糖尿病が大動脈解離の発生に影響したことを否定していることなどから、減額を否定
心の要因は、訴訟になってから主張されることもあります
保険会社との交渉では、心の要因による減額をはっきり口にしてくることは、そう多くありません。しかし、交渉では示されなかった素因減額が、訴訟になってから主張され、判決で考慮されることもあります。
ですから、交渉の段階で素因減額の話が出ていなくても、訴訟に進むかどうかを決める前に、その可能性を一度考えておく必要があります。既往症がある事案では、交渉での提示額で和解する方が結果としてよい場合もあるということです。
なお、素因減額は加害者の側から主張がなくても、裁判所が訴訟に出てきた資料に基づいて自ら考慮することができるとされています(最高裁判所平成20年3月27日第一小法廷判決・裁判集民事227号585頁)。「相手が言い出さなければ大丈夫」とは言えないところです。
よくある質問
持病があると、必ず減らされるのですか。
いいえ。減らされるのは、その体質や身体の要因が「疾患」に当たり、かつ、加害者に全部を負わせるのが公平を失するといえる場合です。平均と異なる身体の特徴があっても、病気といえるものでなければ、特別の事情がない限り考慮されません。
高齢であることを理由に減らされることはありますか。
単に高齢であることや、年齢に応じた通常の範囲内の変化については、それだけを理由に減額されることはないと考えられています。年齢の範囲を超えたものかどうかが問題になります。
画像に椎間板ヘルニアが写っていると言われました。
椎間板ヘルニアは減額されることが多い病名ですが、事故による外傷で生じることもあります。事故の前からあったのかどうかを慎重にみる必要があると指摘されています。事故の前にその部位の痛みを訴えていた記録があるかどうかが手がかりになります。
どれくらい減らされるのですか。
割合は個別の事情を踏まえて判断されるため、あらかじめ決まった数字はありません。疾患の種類や程度、事故の態様や程度、けがの部位や程度と結果との釣り合いなどが考慮されるとされています。
うつ病で通院していたことを持ち出されました。
心の要因による減額の主張です。減額されやすいのは、事故が軽く、訴えに見合う医学的な裏付けがなく、通常想定される期間を大きく超えて治療を続けた場合が中心と整理されています。あわせて、後遺障害が12級以下にとどまっている場合には、減額しない方向にあるとの指摘もあります。
交渉では言われていません。安心してよいですか。
訴訟になってから主張されることがあります。また、裁判所が自ら考慮することができるとされています。既往症がある事案では、訴訟に進むかどうかを決める前に、その可能性を踏まえて判断することになります。

弁護士に相談する前に、そろえておくもの
相手方の保険会社から届いた書面と、通院している病院のカルテや画像の報告書、後遺障害診断書を用意してください。事故の前にその部位の症状を訴えていた記録があるか、診断書に病名がどう書かれているか。これらは、争えるかどうかを検討するうえで重要な手がかりになります。事故の直後に撮った車の写真や修理の見積りも、事故の規模を示す資料になります。
本稿は、相手方から既往症や体質を理由に賠償額の減額を主張された方に向けて、一般的な考え方を整理したものです。減額されるかどうか、またその割合は、疾患の内容、事故の態様、けがの程度によって異なります。個別の事案については、診療記録などの資料に基づく検討が必要です。

