未払いの残業代は何年分さかのぼれるのか ― 古い月の分から順に消えていきます

夜になっても明かりのついているオフィスの窓 労働

時効は月ごとに進みます。まず自分の給料日を確かめてください

残業代が支払われていないと気付いたとき、いちばん急ぐのは金額の計算ではありません。いつの分まで請求できるのかを押さえることです。残業代を請求できるのは、支払日から3年のあいだです。この期間が過ぎると、会社から時効を主張されて、支払を受けられなくなります。しかも、3年はまとめて数えるのではなく、月ごとに別々に進みます。

つまり、迷っている1か月の間に、いちばん古い1か月分が手の届かないところへ行きます。ここでは、何がいつ消えるのか、消える前に何をすれば止められるのかを順に整理します。

この記事の結論

  • 未払いの残業代を請求できる期間は、それぞれの給料の支払日から3年です。法律の本則は5年ですが、経過措置により今は3年が使われています。
  • 時効は給料日ごとに月単位で別々に進むため、請求を先延ばしにしている間に、いちばん古い月の分から順に請求できなくなっていきます。
  • 期限が迫ったときは、会社に支払を求める催告をすれば時効の完成を6か月延ばせますが、その間に訴えを起こすなどの手続が必要です。
  • 退職した方の未払賃金には、退職日の翌日から年14.6%の遅延利息が付く場合があります。付加金は違反の時から3年以内に請求が必要です。

残業代の時効は給料日ごとに進む

給料や手当を求める権利には、法律で期限が定められています。この期限のことを消滅時効といいます。労働基準法第百十五条の条文そのものは「5年」と書かれていますが、同じ法律の附則第百四十三条第3項に、当分の間は3年とする定めが置かれており、今のところ実際に使われる期間は3年です。残業代(時間外や深夜の割増賃金)も、この「賃金」に含まれます。

大切なのは、この3年をどこから数えるかです。時効は、その権利を使えるようになったときから進みます。毎月の給料は支払日が来て初めて請求できるようになりますから、原則として、それぞれの月の給料の支払日が、その月の分の出発点になります。正確には、支払日の翌日から数え始めます。支払日がいつであるかは、就業規則や雇用契約の定めによります。

月ごとに別々に消える

たとえば毎月25日が給料日で、令和8年9月30日に請求を始めるとします。この日から3年をさかのぼると令和5年9月30日ですから、手が届くのは令和5年10月25日に支払われた分から先です。その前の令和5年9月25日に支払われた分は、会社が時効を主張すればもう取り戻せません。そして1か月待てば、今度は10月25日の分が同じように手を離れます。残業代を「そのうち」にしてはいけないのは、この一点のためです。

日付の升目が並んだカレンダー
数え始めは、請求した日ではなく、それぞれの月の給料日です。給与明細に書かれている支払日を確かめてください。

「5年に延びた」のになぜ3年なのか

令和2年4月1日に施行された法改正で、退職手当を除く賃金を求める権利の時効は、条文のうえでは2年から5年に延びました。ところが同時に置かれた経過措置で、当分の間は3年とされ、その状態が続いています。ですから「5年」という数字を見かけても、今の残業代の請求で当てにできるのは3年だと考えてください。

この改正より前に支払日が来た分には、改正前の2年が当てはまります。もっとも、それは施行から6年以上前の給料ですから、今から請求できる余地は、実際にはほとんど残っていません。

退職金だけは5年

同じ条文の中でも、退職手当(退職金)を求める権利は、経過措置の対象から外されており、5年です。残業代と退職金の両方に心当たりがあるときは、期限が違うことを頭に置いて順番を決めてください。

時効の完成を6か月延ばす ― 3年目が近いときの手当て

期限が迫っているのに、資料をそろえて金額を固めるところまで手が回らない。そういうときのために、時効の完成を6か月のあいだ先へ延ばす方法があります。会社に対して「この分の残業代を支払ってください」と申し入れることです。法律ではこれを催告といいます。申し入れた事実と文面を後から示せるようにするため、内容証明郵便(差し出した文書の内容を郵便局が証明してくれる郵便)を使うのが通例です。

ただし、催告だけで終わりにはできません。申し入れてから6か月のうちに訴えを起こすなど、次の一手を打つ必要があります。6か月は資料を集めて金額を固めるための猶予であって、期限が消えるわけではありません。

催告の書面に書いておくこと

  • 誰が請求しているのか(自分の氏名)
  • 何年何月分の残業代を求めるのか
  • 請求する総額の見込み(今の時点で分かる範囲でよい)

金額が出せないときもあきらめない

タイムカードや賃金台帳が会社の手元にしかなければ、正確な金額など出せません。警備の仕事をしていた方の事案で、裁判所は、資料を持たない労働者に金額や内訳まで明らかにさせるのは酷であるとして、誰が請求しているのか、何の支払を求めているのか、いつの支払分なのかが分かれば、催告として足りると判断しました(長野地方裁判所佐久支部平成11年7月14日判決・労働判例770号98頁〔日本セキュリティシステム事件〕)。

先に手元の記録を確保する

勤務の記録は、保存の期間が過ぎたり、退職や解雇によって会社から渡されたパソコンや携帯電話を返すことになったりして、後から確認できなくなることがあります。請求を申し入れた後に、会社の手元の資料が失われる場合もあります。自分の勤務した時間を示す記録は、在職しているうちに控えを取っておいてください。ただし、会社の秘密や他の方の個人に関する情報まで持ち出すことにならないよう、範囲には気を付けてください。

3年を過ぎた分について考えられること

3年より前の分についても、請求そのものはできます。しかし、会社が時効を主張してくれば、それで支払を受けられなくなるのが原則です。もっとも、ごく例外的ですが、別の筋道が認められた例もあります。時効にかかった1年分について、残業代に相当する額を損害賠償として認めた裁判例があります(広島高等裁判所平成19年9月4日判決・労働判例952号33頁〔杉本商事事件〕)。

また、会社に残業代の支払に充てられる財産が残っていなかった事案で、会社に支払わせるための手を打たなかった取締役個人に賠償を命じた裁判例もあります(大阪地方裁判所平成21年1月15日判決・労働判例979号16頁〔昭和観光事件〕)。

ただし、これらはいずれも例外に属する筋道であり、認められるかどうかは、それぞれの筋道ごとに定まった要件と、その事案の具体的な事情によります。たとえば取締役個人への賠償が認められたさきの事案では、支払わなかったことについて故意又は重大な過失があったと評価されています。3年を過ぎた分も取り戻せるものと、あらかじめ当てにするのは危険です。やはり、期限までに動き出すのが本筋です。

付加金と遅れた分の利息

時効の裏側には、逆に額が増える仕組みもあります。一つは付加金(裁判所が、未払額とは別に、同じ額までの支払を会社に命じることがある制度)です。労働基準法第百十四条は、割増賃金などを支払わなかった会社に対し、労働者の請求があれば、裁判所が未払額と同じ額までの支払を命じることができると定めています。解雇予告手当、休業手当、割増賃金、年次有給休暇中の賃金がその対象です。

「2倍もらえる」とは考えない

付加金は、請求すれば当然に発生するものではありません。裁判所が、違反の程度や態様、労働者が受けた不利益などを見て、命じるかどうか、いくら命じるかを決めます。第一審や控訴審で審理が終わる前に会社が対象の未払分を全額支払ってしまえば、もはや命じられません。額も、未払額と同じ額が上限です。

この付加金にも期限があります。条文では、違反があった時から5年以内に請求しなければならないとされ、こちらも当分の間は3年に短縮されています。しかもこの3年は、時効と違って途中でやり直すことができない期間と解されていますので、3年のうちに裁判所へ請求しないと、付加金の請求そのものができなくなります。

もう一つは遅れた分の利息です。支払が遅れたことに対するもので、法律では遅延損害金といいます。残業代には、それぞれの支払日の翌日からこれがつきます。今から請求できる範囲の残業代であれば、その割合は年3%です(令和2年4月1日より前に支払日が来た分は、これとは別の割合になります)。会社を退職した方の場合は、退職した日の翌日から先の割合が年14.6%に上がります(賃金の支払の確保等に関する法律第六条第1項)。ただし、支払われていない額について合理的な理由から裁判で争われている場合など、この高い割合が適用されない場合の定めもあります。

今日のうちに手元で確かめられること

弁護士に相談する前でも、次の三つは自分で確かめられます。とくに一つ目は、どこまでさかのぼれるかを決める出発点ですから、真っ先に見てください。

手元で確かめる三つ

  • 給与明細に書かれた締め日と支払日(時効は、締め日ではなく支払日の翌日から数えます)
  • 直近3年分の給与明細と、勤務の時間が分かる記録(自分の手控えでも構いません)
  • 就業規則や賃金についての規定(所定労働時間と手当の扱いが分かります)

就業規則の写しが手元になく、すでに会社を辞めている場合でも、労働基準監督署で、届出の義務がある規程を見せてもらえる場合があります。会社の所在地を受け持つ労働基準監督署に、見せてもらえるか、何を持って行けばよいかを先に問い合わせてみてください。会社に頼まなければ何も分からない、というわけではありません。

よくある質問

会社が時効だと言ってこなければ、3年より前の分も払ってもらえますか。

3年が過ぎても、権利がその日に自然に消えてなくなるわけではありません。会社が「時効である」と主張して初めて、その分の支払を拒めるようになります。ですから、古い月の分も併せて請求してみる意味はあります。もっとも、争いになれば会社は当然これを主張してきますので、望みをかける相手ではありません。

内容証明郵便を送れば、それで時効は止まりますか。

止まるのではなく、6か月のあいだ完成が先へ延びるだけです。その6か月のうちに訴えを起こすなどの手を打たなければ、猶予は切れます。送っておしまいにせず、資料をそろえて次に進む段取りまで考えて出してください。

付加金は必ず認められるのですか。

いいえ。裁判所が事案を見て決めることですから、認められないこともあります。また、労働審判の手続では、進めるのが裁判官と労働審判員からなる委員会であって「裁判所」ではないため、付加金の支払を命じることはできません。それでも申立てのときに請求しておくのは、後に訴訟へ移ったときに期限を確保しておく意味があるからです。

会社を辞めた後でも請求できますか。

できます。退職した日の翌日から先は、遅れた分の利息の割合が年14.6%に上がる場合があります。もっとも、それは支払を受けられたときの上乗せの話であって、時効の進み方は在職中と変わりません。辞めてから落ち着いて、と構えているうちに古い月の分が消えていきますので、待つ理由にはなりません。

給与明細を捨ててしまいました。もう無理でしょうか。

諦める必要はありません。勤務した時間を裏づける手がかりは、タイムカードのほかにもあります。建物の入退館の記録、仕事で使っていたパソコンの起動と終了の時刻、業務のメールを送った時刻、自分で手帳に書きとめていた出退勤の記録などが、実際の裁判で使われています。何が残っているかを整理することから始めてください。


弁護士に相談する前に確かめておくこと

弁護士に相談する前に確かめておくこと

弁護士に相談するときは、給与明細(支払日が分かるもの)と、勤務した時間について手元に残っている記録を用意してください。給料の支払日が分かれば、いつの分までさかのぼれるかの見当がつきます。期限が差し迫っている場合には、まず催告の書面を出して時間をつくり、そのうえで金額を固めていくという進め方もあります。急ぐかどうかの判断は、支払日を基に決まりますので、日付を先に伝えてください。

本稿は、残業代を求める権利の期限について一般的な考え方を整理したものです。実際の判断は、給料の締め日と支払日、勤務の記録の残り方、雇用の形などによって異なります。個別の事案については、資料に即した検討が必要です。

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