給与明細の「固定残業手当」で残業代は本当に払われているのか

夜になっても明かりのついているオフィスの窓 労働

手当が付いていても残業代を受け取ったことにならない場合があります

毎月の給与明細に「固定残業手当」「営業手当」「業務手当」といった項目があり、会社からは「これが残業代だから、別に残業代は出ない」と言われている。あるいは、入社のときに「うちは基本給に残業代が入っている」と口で説明されただけで、書面には何も書かれていない。そういう状況で、毎月かなり長い時間の残業をしている方がいます。

この仕組みは固定残業代(みなし残業代)と呼ばれます。それ自体が違法というわけではありません。ただし、有効と認められるための条件があります。それを満たしていない場合には、その手当を残業代の支払と認めてもらえないことがあります。つまり、手当をもらっていても、残業代はまだ払われていないという扱いになり得るのです。この記事では、働く側の立場から、自分の給与明細と契約書のどこを見ればよいのかを整理します。

この記事の結論

  • 固定残業代は仕組みそのものが違法なのではなく、残業代に当たる部分が金額の上で区別され、残業の対価として払われていることが必要です。
  • 実際の残業代が固定残業代を上回った月は、会社が差額を払わなければなりません。固定額が不足するだけで、仕組み全体が直ちに無効になるわけではありません。
  • 固定残業代が無効と判断されると、その手当は残業代の支払として数えられず、手当の性質によっては時間単価を計算する土台に入ります。
  • 2020年4月1日以降に支払日が来た賃金の時効期間は、当分の間3年です。時効が完成し会社が援用すると、その月の分を請求できなくなります。

固定残業代とは何か 二つの型がある

固定残業代とは、実際に何時間残業したかにかかわらず、あらかじめ決めた額を毎月支払っておく仕組みです。その定め方には、大きく分けて二通りあります。

二つの型

  • 手当型……「固定残業手当」などの名前で、基本給とは別の項目として支給する形
  • 組込型……残業代に相当する分を、基本給の中に含めてしまう形

手当型であれば、金額が足りているかどうかは別の問題として、少なくとも残業代に当たる部分が基本給と分けて出ていることは明細から読み取れます。組込型では、基本給の中のどこまでが残業代なのかが金額や時間数で示されていなければ、残業代を払ったとは認められません。基本給に含まれるという残業代の金額も時間数もはっきりしなかったために、支払と認められなかった裁判例もあります。

まず確かめたいこと

手元の労働条件通知書、労働契約書、就業規則(賃金規程)、そして給与明細を並べてみてください。見るのは、①残業代に当たる部分の金額か、それが何時間分の残業に当たるのかが書かれているか、②その手当が残業の対価として払われると書かれているか、③見込みを超えて残業した月にどうするのかが書かれているか、の三点です。①と②が書かれていなければ、会社の説明が通らない余地があります。

有効と認められるための二つの条件

最高裁判所の判断と裁判例を整理すると、固定残業代が残業代の支払と認められるには、主に次の二点が求められています。

二つの条件

  • 対価性……その手当が、時間外労働・休日労働・深夜労働の対価として支払われているといえるか
  • 明確区分性……残業代を計算する土台になる賃金と、固定残業代として払われている部分とが、金額の上ではっきり区別されているか

手当の名前そのものに決まりはありません。「固定残業手当」でなくても構いません。しかし、その手当が残業とは別のことへの対価として払われていると読める場合や、そうした性格が混じっている場合には、残業代の部分を切り分けられず、残業代の支払とは認められません。

手当が何の対価かを確かめる

手当が責任ある職務に就くことへの対価である場合には、残業代として扱われないことがあります。残業の対価として払う部分を区別できなければ、通常の賃金として残業代の計算の土台に含まれることがあります。

基本給のうち残業代の金額を区別できるか

時間数だけが示されている場合でも、所定労働時間などから通常の賃金と残業代の金額を計算して区別できるかを確かめます。両者を判別できなければ、残業代の支払とは認められません。

会社が後から「あの手当は残業代のつもりだった」と説明するだけでは、十分とはいえません。契約書や賃金規程の記載、会社の説明、実際の勤務と支払の状況を確かめます。

書類を確かめる様子
手当の定義がどう書かれているかは、就業規則(賃金規程)を見れば分かります。

手当の額が「何時間分」に足りているか 自分で計算できる

対価性と明確区分性を満たしていても、それだけで終わりではありません。その月の支払合計が、労働基準法どおりに計算した残業代に足りているかを確かめる必要があるからです。この計算は、自分の手でもできます。

まず、1か月の平均所定労働時間を出します。年間の休日が120日、1日の所定労働時間が8時間の会社を例にとります。

時間単価を出す手順

年間の労働日数……365日から休日120日を引いて245日

年間の労働時間……245日に8時間を掛けて1960時間

月の平均所定労働時間……1960時間を12で割った時間(約163時間ですが、割り切れないので、次の計算では端数を切らずに使います)

割増賃金を計算する土台に入る月額の賃金が30万円であれば、時間単価は30万円×12÷1960で約1837円(円未満を四捨五入。固定残業手当の分は、この30万円に含めずに考えます)

通常の時間外労働(1か月60時間以内で、深夜や法律上確保しなければならない休日(法定休日)に当たらないもの)の割増率は1.25倍ですので、割増賃金の単価は約2296円

ここで、会社から、この手当2万円が50時間分の残業に当たると説明されているとします。実際にその月に通常の時間外労働を50時間したのであれば、本来の残業代は、端数を丸めずに計算して約11万4796円です。実際に出ているのは2万円だけですから、その月については差の約9万4796円が足りていないことになります。ここでの金額は、仕組みを示すための概算です。なお、50時間というのは会社が見込みとして示した時間ですので、実際の残業が何時間だったかは、その月ごとの記録で確かめる必要があります。

定額なのだから実際の残業時間は関係ないはずだ、と受け取られることがあります。そうではありません。固定額が実際の残業代より少ない場合には、その差額を追加して支払う必要があります。ですから、実際の残業代が固定残業代を上回った月に差額が払われなければ、その分が未払として積み上がっていきます。

自分の月給で計算するときは

会社の休日の定めと、契約上通常働くことになっている1日の時間(所定労働時間)は、労働条件通知書や就業規則に書かれています。年間の休日日数がそのまま書かれていない場合は、休日の定めから数えて出してください。この二つが分かれば、上の「時間単価を出す手順」に沿って概算できます。深夜(原則として午後10時から午前5時まで)に働いた分や法定休日に働いた分は割増率が変わりますので、まずは通常の時間外の分だけで概算してみてください。

固定残業代を上回る残業代は差額の支払が必要

実際の残業代が固定残業代を上回った月について、会社はその差額を追加で支払わなければなりません。これを差額精算といいます。

最高裁判所は、手当が時間外労働などの対価かどうかを、契約書の記載、会社の説明や実際の勤務の状況などから判断するとしています。原審が挙げた、労働者が差額を認識して直ちに請求できる仕組みは、必要な条件ではないとしました(最高裁判所平成30年7月19日第一小法廷判決・裁判集民事259号77頁〔日本ケミカル事件〕)。実務書でも、差額精算の合意や実態を、独立した有効要件とする必要はないとの見解が示されています。

ここは働く側にとって大事な分かれ道です。上乗せをしてこなかったことだけで仕組み全体が無効になるとは限りません。しかし、その場合でも、上乗せされていない分は払われていない残業代として残ります。仕組みの有効性を争うか、上乗せ分だけを求めるか。いずれの道でも、固定残業代を上回る残業代が生じているのであれば、時効と証拠を確かめたうえで差額を請求できる可能性があります。

「固定残業代だから労働時間の管理は要らない」は誤り

固定残業代の仕組みを採っていても、労働時間を把握する必要があります。

実際に働いた時間が分からなければ、固定残業代を上回る差額も計算できません。時間外労働の上限を守れているかを確かめるためにも、労働時間の把握が必要です。

原則として、法定労働時間を超えて働かせるには、会社が労働者側と協定を結び、労働基準監督署へ届け出ることが必要です(一般に「三六協定」と呼ばれます)。固定残業代を設けても、時間外労働の上限がなくなるわけではありません。

記録は自分でも残しておく

会社が労働時間を管理していない、あるいは記録が実際と合っていないという場合、後から残業代を求めるときに手掛かりが要ります。タイムカードの写し、出退勤を記録した業務システムの画面、パソコンの起動と終了の時刻、業務用のメールの送信時刻、日々の手帳への書き込み、交通系ICカードの利用の記録。こうしたものは、後からでは取り戻せないことがあります。争いになる前から残しておいてください。

手当が無効と判断されるとどうなるのか

仕組みが否定されると、その手当は残業代の支払として数えられません。結果として、残業代は一円も払われていなかったという前提で計算されることになり得ます。

その場合、その手当は残業代ではないという扱いになりますから、その手当の性質によっては、時間単価を計算する土台の方に入ってくることがあります。土台が上がれば時間単価も上がり、そこから計算される残業代も増えます。会社側から見れば、二重に負担が増える形です。

2020年4月1日以降に支払日が来た賃金の時効期間は、本来5年ですが、当分の間は3年です。時効の完成を猶予・更新する事情がなければ、それぞれの給料日から3年で時効が完成し、会社が援用するとその月の分を請求できなくなります。在職中も期間は進むため、退職してから考えるつもりでも早めに確かめてください。

固定残業代そのものが違法な仕組みではない

ここまで問題になる場面を並べてきましたが、固定残業代の仕組みは、それ自体が労働基準法に反するものではありません。最高裁判所も、残業代をあらかじめ基本給や手当に含めて払う方法そのものが直ちに違法になるわけではない、としています。

実際に、薬剤師に払われていた業務手当が残業代の支払と認められた例があります(最高裁判所平成30年7月19日第一小法廷判決・裁判集民事259号77頁〔日本ケミカル事件〕)。賃金規程などに、業務手当は時間外労働の対価として払うと書かれていたこと、手当の額が約28時間分の残業代に当たり、実際の残業の状況と大きく離れていなかったことなどが理由です。ですから、「固定残業手当という項目があるから会社がおかしい」と決めてかかるのは適当ではありません。

また、手当が残業の対価として払われているかどうかは、契約書などの記載のほか、会社の説明の内容や実際の勤務の状況などを考えて判断されます。これだけ満たせば有効になるという明確な線引きがあるわけではなく、個々の事情に即した判断になります。この記事で挙げた確かめ方は、その入口として、自分の状況がどのあたりに位置しているのかをつかむためのものです。

要点

手当が残業の対価かどうかと、通常の賃金から金額を区別できるかを確認します。有効な固定残業代でも不足分の支払は必要です。労働条件の書面、給与明細と勤務記録をそろえ、時効期間を確かめてください。

よくある質問

入社のときに「基本給に残業代が入っている」と口で言われただけです。これは有効ですか。

そのままでは、残業代を払ったとは認められにくいといえます。基本給に残業代を含めるには、通常の労働に対する賃金の部分と残業代の部分とを見分けられることが必要とされているからです。労働条件通知書や就業規則(賃金規程)に、基本給のうちいくらが、又は何時間分が残業代なのかが書かれているかを確かめてください。

「営業手当」という名前ですが、会社は残業代だと言っています。名前が違うと無効ですか。

名前そのものに決まりはありませんので、営業手当という名前だからすぐに無効ということにはなりません。問題になるのは、その手当をどう定義し、どう払っているかです。定義の文言に、残業代以外の何かへの対価だと読める部分が混じっていると、固定残業代として認められにくくなります。就業規則(賃金規程)の該当部分を確かめてください。

固定残業手当をもらっていますが、見込みを大きく超えて残業しています。請求できますか。

実際の残業代が固定残業手当を上回っていれば、原則としてその差額を請求できます。見込みを上回った分については、実際に働いた時間に応じた残業代を会社が改めて払わなければなりません。その上乗せがされていないのであれば、その分は払われていない残業代です。まずは自分の時間単価を出し、手当が何時間分に当たるのかを計算して、実際の残業時間と並べてみてください。

退職してから請求しようと思っています。急ぐ必要はありますか。

2020年4月1日以降に支払日が来た賃金の時効期間は、当分の間3年です。完成を猶予・更新する事情がなければ、それぞれの給料日から3年で時効が完成し、会社が援用すると請求できなくなります。退職後はタイムカードなどを確保しにくくなるため、在職中に写しを取っておくことをお勧めします。

固定残業代の仕組みが無効になると、残業代はどのように計算されるのですか。

その手当は残業代の支払として数えられませんので、一円も払っていなかったという前提で計算されることになり得ます。加えて、その手当の性質によっては、時間単価を計算する土台の方に算入されることがあります。土台が上がると時間単価も上がり、そこから出る残業代も増えることになります。もっとも、有効かどうかは個々の事情と会社の実態を踏まえた個別の判断ですので、資料に即した検討が必要です。


自分の残業代が払われているか確かめたい方へ

自分の残業代が払われているか確かめたい方へ

弁護士に相談するときは、労働条件通知書又は労働契約書、就業規則(賃金規程)のうち賃金に関する部分、給与明細(手元にあるもの。できれば過去3年分)、そして出退勤の記録を用意してください。就業規則が手元にない場合は、どこに備え置かれているか(又は社内のどこで見られるか)を確かめてみてください。相談の際は、手当の名前と定義、何時間分と書かれているか、実際の残業時間がどれくらいかの三点を伝えると、話が早く進みます。

本稿は、固定残業代(みなし残業代)の仕組みについて、一般的な考え方と裁判例を整理したものです。有効かどうかについて、これだけ満たせば足りるという明確な基準があるわけではなく、実際には個々の事情と会社の実態を踏まえた個別の判断になります。また、割増率や請求できる期間は、勤務の時間帯や時期によって異なります。個別の事案については、資料に即した検討が必要です。

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