相手が保険に入っていなかった ― 取れる道は、思っているより多い

机に広げた資料を見ながら、二人が書き込みをしている 交通事故

任意保険なし、自賠責もなし。それぞれの場合に、どこから何を受け取れるのかを整理します。

「相手は任意保険に入っていないそうです」。警察や相手方本人からそう聞かされると、これはもう諦めるしかないのだろうか、と考えてしまいます。しかし、諦めるのは早いです。受け取る道は、相手方から取る道と、ご自身が入っている保険を使う道の二つに分かれ、それぞれにいくつかの手立てがあります。

そしてもう一つ、先に手を打っておくべきことがあります。治療費の支払い方です。相手方の保険会社が病院に直接払う取扱いは受けられませんから、何もしないと窓口で全額を負担することになります。この記事は、その順番で整理します。

まず、治療費の払い方を決める

相手方が任意保険に入っていない場合、保険会社が病院へ直接治療費を払う取扱いは受けられません。かといって、後で相手方から回収できるとは限らないのですから、窓口で全額を立て替え続けるのは避けたいところです。そこで、仕事中や通勤中の事故かどうかを確かめ、労災保険と健康保険のうち、その事故に使える制度があるかを確かめます。

会社などに雇われている方が仕事中または通勤中に遭った事故で、労災の対象になる場合は労災を使います。それ以外の場合は、健康保険を使えることがあります。個人で事業を営んでいる方は通常の労災の対象になりませんが、特別加入をしている場合などは対象になることがあります。労災の対象になる事故を健康保険に切り替えることはできませんので、どちらに当たるのかを最初に確かめてください。

健康保険を使って通院する場合には、加入先へ「第三者行為による傷病届」を出さなければなりません。他人の行為によるけがであることを届け出る書類で、健康保険の側が後に立て替えた分を加害者へ請求するために必要になります。まず、保険証に書かれている加入先へ連絡し、必要な書類と出し方を確かめてください。

仕事中や通勤中の事故では、まず労災を検討します

労災には治療費のほかに休業の補償があります。要件を満たす場合、原則として休んだ4日目から、賃金をもとに計算される1日当たりの額の60%に当たる給付と、20%に当たる特別支給金を受け取れます。合わせて8割ほどになります。労災に当たるかどうかは労働基準監督署が判断し、必要な手続も事故の内容によって変わります。相手方から回収できないおそれがある事案では、これが生活を支える柱になります。会社に迷惑がかかると考えて申請をためらう方がいますが、労災は本人が使うことのできる制度です。

相手方から取る ― 四つの入口

相手方の側から回収する方法は、次のとおりです。相手方本人に支払う力がなくても、責任を負う人が他にいることがありますので、順に当たっていきます。

第一に、相手方本人との直接の交渉です。連絡先は、事故当日に聞いていなくても、交通事故証明書に書かれている住所などから分かることがあります。書面、電話、メールのうち、話が進みやすい方法を選びます。ただし、任意保険に入っていない理由が経済的な事情である場合も多く、回収が難しいことは正直なところです。

第二に、相手方が加入している自賠責保険への被害者請求です。自動車損害賠償保障法第十六条に基づくものなので、十六条請求とも呼ばれます。相手方の同意を待たずに、被害者の側から直接請求できるのが強みです。

自賠責保険から受け取れる上限

  • けがの部分 ― 120万円(治療費だけの枠ではなく、休業損害や慰謝料も含めた合計の枠です)
  • 後遺障害の部分 ― 等級に応じて75万円から4000万円
  • 死亡の場合 ― 3000万円

第三に、運行供用者責任です。自動車損害賠償保障法第三条は、自分のために自動車を運行させていた人に責任を負わせています。運転していた本人だけでなく、その車の持ち主などにも請求できる場合があるということです。

第四に、使用者責任です。相手方が勤務先の仕事を行う中で事故を起こしたのであれば、民法第七百十五条により、その勤務先に請求できる可能性があります。ただし、たまたま勤務時間中だったというだけでは足りません。相手方に支払える財産や収入がない場合には、忘れずに確かめておきたい選択肢です。

ご自身の保険を使う ― 三つの保険

次に、ご自身やご家族が加入している自動車保険です。相手方が無保険の事案では、ここが実際の受取りの中心になることが多くあります。証券を出して、次の三つが付いているかを確かめてください。

人身傷害保険は、一般に、契約している車に乗っているときの事故でけがをした場合に、過失割合にかかわらず、契約の定めに沿って治療費、休んだ分の補償、慰謝料などが支払われる保険です。自賠責保険より広く慰謝料などの補償を受けられるため、相手方が無保険の事案ではとりわけ頼りになります。補償される事故の範囲は契約によって違い、歩行中の事故まで対象になるものもあります。

無保険車傷害保険は、相手方が保険に入っていない場合や、ひき逃げで相手方が誰か分からない場合に、相手方に請求できる額を保険金として支払う保険です。ただし、一般には亡くなった場合か後遺障害が残った場合が対象で、通常のけがだけでは支払われません。人身傷害保険とどちらが先に働くのかも契約によって決まります。保険証券を用意して、契約先の保険会社か代理店に、補償の対象と支払われる順番を確かめてください。

車両保険は、ご自身の車に生じた損害を補償する保険です。物の損害には自賠責保険のような最低限の制度がないため、相手方から回収できないときは、最後にここを使うことを検討します。

車両保険を使うと、保険料の値上がり分は自分の負担になります

車両保険を使った後に上がった保険料の分について、相手方への請求を認めなかった裁判例があります(東京地方裁判所平成27年9月29日判決・交通事故民事裁判例集48巻5号1195頁)。個別の事案で認められるかどうかは事情によりますが、修理費の額と値上がりの見込みを見比べて、使うかどうかを決めることになります。

書類に記入する手
まず証券を開いて、人身傷害保険と無保険車傷害保険が付いているかを確かめてください。

車の修理代は、自賠責では出ません

見落とされやすい点です。自賠責保険は人のけがや死亡を対象とする制度で、物の損害は対象外です。ですから、車の修理代や中に積んでいた物の損害については、自賠責保険からは1円も出ません。

物の損害は、相手方本人や、責任を負う勤務先などに請求することになります。それが難しい場合には、ご自身の車両保険を使えることがあります。この違いは、最初に知っておいた方がよいところです。

自賠責保険にも入っていなかったとき ― 政府保障事業

自動車損害賠償保障法第五条は、自賠責保険を付けないまま車やバイクを走らせることを禁じています。これに違反した場合の刑罰も定められています。そのため、自賠責保険にも入っていないという事案はほとんどありませんが、契約期間が切れていたなどの理由で、まれに起こります。

この場合、被害者請求という道は使えません。代わりに用意されているのが政府保障事業です。健康保険や労災からの給付、相手方から既に受け取った分を差し引いてもなお損害が残るときに、国が法律で定められた限度の範囲でそれを補う、最後の受け皿となる仕組みです。限度額はおおむね自賠責保険と同じ水準です。

政府保障事業を使える場合

  • 相手方の自賠責保険が切れていた場合
  • ひき逃げで、相手方が誰か分からない場合
  • 盗まれた車による事故で、車の持ち主などにも責任を問えず、自賠責保険にも請求できない場合

政府保障事業の対象にならない場合

  • 物の損害だけの事故
  • 話合いがまとまって、支払も済んでいるとき
  • 加害者が複数いて、そのうち誰かの自賠責保険へ請求できる場合

手続は、国から委託を受けた損害保険会社へ書類を出すところから始まります。その後、損害保険料率算出機構で調査が行われ、結果が国土交通省に回され、最終的に国が審査して決定します。ご自身で保険会社の窓口に持ち込む形になるので、相手方の対応を待つ必要はありません。

期限があります

政府保障事業の請求には期限があります。けがの部分は事故が発生した日から3年、後遺障害の部分は症状固定の日、つまり治療を続けても症状の改善が見込めないと医師が判断した日から3年、死亡の場合は死亡した日から3年です。期限を数え始める日が請求の種類ごとに違いますので、ご自身がどれに当たるかを確かめてください。

相手方本人に対する損害賠償請求そのものにも期限があります。損害と加害者を知ったときから、人のけがや死亡についての請求は5年(民法第七百二十四条の二)、物の損害についての請求は3年(民法第七百二十四条第一号)です。

回収が難しそうでも、権利は残しておく

相手方に今は支払う力がなくても、事情が変わることはあります。保険の種類や補償の額、計算の基準によっては、損害の全部が埋まらないことがあります。その場合、裁判で一般に認められる損害額との差は、最終的に相手方本人に請求することになります。期限を過ぎると、時効によって差額の請求が認められなくなるおそれがあります。

相手が自転車だったとき

相手方が自転車の場合は、事情が変わります。自転車には自賠責保険がありませんので、最低限の補償という土台がありません。後遺障害についても、自賠責保険の側で審査してもらう仕組みがないため、等級に当たることを被害者の側で示していく必要があります。

また、自転車保険への加入を義務付ける自治体は増えていますが、相手方が保険に入っていないことは珍しくありません。その場合、示談の交渉は相手方本人と直接することになります。

過失割合の調べ方も変わります。ご自身も自転車に乗っていた事故では、自動車事故で使われる本に事故の型が載っていないため、自転車同士の事故についての別の解説や、似た裁判例を調べることが中心になります。

よくある質問

相手が任意保険に入っていません。治療費はどうすればよいですか。

雇われている方が仕事中または通勤中に遭った事故で労災の対象になるなら労災を、それ以外は健康保険を使って通院してください。個人で事業を営んでいる方は、原則として労災の対象になりません。労災の対象になる事故を健康保険に切り替えることはできません。健康保険を使うときは、加入先へ「第三者行為による傷病届」を出してください。

相手が任意保険に入っていなくても、自賠責保険からは受け取れますか。

相手方が自賠責保険に入っていれば受け取れます。被害者の側から直接請求できる仕組みがあり、上限は、けがの部分が120万円、後遺障害は認定された等級ごとに75万円から4000万円、死亡の場合は3000万円です。

車の修理代は自賠責保険から出ますか。

出ません。自賠責保険は人のけがや死亡を対象とする制度です。車の修理代は、相手方本人や、仕事中の事故であればその勤務先から回収するか、ご自身の車両保険を使うことになります。

相手が自賠責保険にも入っていませんでした。何もできないのですか。

政府保障事業という国の仕組みがあります。支払の限度額は基本的に自賠責保険と同じです。ただし、物の損害だけの事故や、既に示談をして賠償金を受け取っている場合は対象になりません。

ひき逃げで相手が分かりません。

政府保障事業の対象になります。また、ご自身が人身傷害保険に入っていれば、そちらからの支払も受けられます。無保険車傷害保険は、一般には亡くなった場合か後遺障害が残った場合が対象ですので、約款をご確認ください。

相手が仕事中の事故でした。会社に請求できますか。

できる可能性があります。民法第七百十五条の使用者責任です。ただし、勤務先の仕事を行う中で起こした事故であることが必要で、たまたま勤務時間中だったというだけでは足りません。相手方本人に支払う力がない場合には、まず確かめておきたい点です。

いつまでに請求すればよいですか。

政府保障事業は、けがなら事故の日から、後遺障害なら症状固定の日から、死亡なら死亡した日から、それぞれ3年です。相手方本人への損害賠償請求は、損害と加害者を知ったときから、人身については5年、物損については3年です。


弁護士に相談する前に、そろえておくもの

弁護士に相談する前に、そろえておくもの

まず、ご自身とご家族の自動車保険の証券を確かめてください。人身傷害保険、無保険車傷害保険、車両保険、弁護士費用特約が付いているかどうかで、進め方が大きく変わります。あわせて、交通事故証明書と、通院している病院の名前が分かるものがそろっていれば、方針を立てるところまで一度に進められます。

本稿は、相手方が任意保険や自賠責保険に加入していなかった事案について、一般的な考え方を整理したものです。受け取れる範囲や手続は、加入している保険の内容、事故の状況、けがの程度によって異なります。個別の事案については、保険証券などの資料に基づく検討が必要です。

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