8割という数字はどこから来たのか。特約は誰まで使えるのか
慰謝料の交渉に入ると、保険会社から「裁判をしているわけではありませんので、裁判基準の8割でお願いします」と言われることがあります。会社の方針だと説明されることも、「ほかの弁護士の先生には8割で応じていただいています」と言われることもあります。
保険会社が挙げる8割には、一応の由来があります。それでも、その額に減らすよう応じる義務があるわけではありません。この記事では、数字の出どころと、交渉の道具になる弁護士費用特約の使い方を整理します。
その前に ― 本人だけの交渉では、裁判基準による額が示されにくい
慰謝料を出すときに使われるものには、いくつかの基準があります。自賠責保険の支払基準(法律に基づく強制保険の支払の決まり)、任意保険会社が用いる社内の基準、そして裁判基準(裁判で損害額を考えるときに参考とされる基準)です。
保険会社から示される額は、通常、自賠責保険の支払基準か任意保険会社の基準をもとに計算されています。被害者ご本人が交渉している段階で、裁判基準による額が示される例は多くありません。
調べて伝えても、動きにくい
弁護士事務所のウェブサイトで額を調べ、それを担当者に伝えても、額が動くことはあまりありません。その場合、「それなら弁護士にご依頼ください」という趣旨の回答をされることが多いとされています。
もっとも、弁護士が付いたところで、裁判基準どおりの額がすぐ出てくるわけでもありません。そこで持ち出されるのが「8割」です。
「8割」はどこから来たのか
保険会社の説明の仕方はさまざまですが、提示する額を計算するときに、裁判基準から一定の割合を減らす方法が用いられることがあります。
この割合については、過去に裁判官が講演で、裁判基準の8割程度を示談による解決の一例として挙げたとされており、その発言が影響したとの説明があります。
ここが肝心です
ただし、そこで述べられたのは、一つの解決の形としてあり得るという趣旨にとどまります。すべての事故をその割合で決めるべきだという話でもなく、示談の場でその割合に従わなければならないという決まりでもありません。
ですから、この場面でまずすべきことは、金額を値切り合うことではありません。示された割合を当然の出発点とせず、その根拠を確かめたうえで、裁判基準による額、ほかの損害の項目、裁判に進む場合の負担を併せて検討することです。
伝える中身
- 示談だからその割合になる、という決まりはないこと
- 裁判で用いられる慰謝料の目安を参考に、治療の期間やその方の事情に応じた額を請求すること
- ほかの弁護士がどうしているかは、この事案の額を決める理由にならないこと
- 仕事を調整して通院した事情や、痛みによる日常生活の支障など、実際に生じた事情があれば、その中身
慰謝料が上がっても、受け取る額が減ることがある
慰謝料だけを見て交渉すると、かえって損をすることがあります。
裁判になると、加害者側の弁護士から、示談の段階では争われていなかった損害の項目についても反論されることがあります。すると、慰謝料が増えても、ほかの項目が削られて損害の合計額が下がることがあります。既に支払われた額は合計から差し引かれますので、裁判の後に追加で受け取れる額が、今の提示額より少なくなることがあります。
新たに争われることがある項目
整骨院に通っていた事案では、その施術の必要性や費用が妥当だったかが問題になり、認められる治療費が減ることがあります。治療の期間そのものが争われ、今の金額の土台になっている期間より短く認定されることもあります。休業損害(事故で仕事を休んだために生じた収入の減少)の期間や金額が、新たに争われることもあります。
ですから、裁判に進むかどうかを考えるときは、慰謝料がどれだけ上がるかだけでなく、ほかの項目がどれだけ下がり得るかを併せて見る必要があります。打合せや資料の準備にかかる手間、裁判が続く間の時間の負担も、判断の材料になります。
弁護士費用特約は、思っているより広く使える
弁護士費用特約は、弁護士に依頼する費用を保険から出してもらえる特約です。この特約について、知っておいていただきたいことが三つあります。
一 使える人の範囲が広い
一般的な自動車保険では、記名被保険者ご本人のほか、その配偶者、ご本人または配偶者と同居している親族、別居していても結婚していないお子さんなども対象になります。ご相談の場で「うちは付いていません」とおっしゃる方が、調べてみると使えたということが実際にあります。代理店から使えないと聞いていた方の事案でも、使えた例があります。ただし、対象になる人や事故の範囲は保険契約の条件によって異なりますので、ご家族の分も含めて保険証券を確かめ、保険会社に問い合わせてください。
二 判決になると、控除されることがある
裁判が判決まで進み、判決で相手方から弁護士費用に相当する額の支払を受ける場合、実際に負担した弁護士費用を超えて二重に補われる部分について、特約の保険金が減らされたり、返還を求められたりすることがあります。弁護士費用が100万円、判決が認めたのが30万円なら、特約から出るのは残りの70万円という形です。これに対し、裁判の途中で和解して終わった場合には、この調整が行われないのが通常です。和解を受けるかどうかを決めるときに、この違いが効いてきます。なお、扱いは保険契約の条件によって異なりますので、確かめてください。
三 交渉の材料になる
裁判には弁護士費用が追加でかかりますから、請求する額が小さい事案では、費用と手間を考えて裁判をしないことが多くなります。弁護士費用特約を使える場合は、裁判に進むときの追加の費用も補われることがあります。そのため、請求額が小さくても裁判に進む余地があることを示して、増額の交渉をすることが考えられます。ただし、上限の額、対象になる費用、保険会社の事前の承認、弁護士との報酬の取決めによっては、自己負担が生じます。
特約がない場合は、差引きで考える
弁護士費用特約に入っていない場合は、弁護士に依頼するかどうかを、費用との差引きで考えることになります。
たとえば、増額の見込みが10万円ほどで、弁護士費用が15万円かかるのであれば、依頼することでかえって手元に残る額が5万円減ります。この場合は、弁護士に依頼するかどうかを慎重に判断する必要があります。
ですから、相談する際は、見込まれる増額と弁護士費用の見積りを確かめ、依頼した後に手元へ残る額を比べてください。
よくある質問
「裁判基準の8割で」と言われました。応じなければならないのですか。
そうではありません。この割合については、過去に裁判官が講演で示談による解決の一例として挙げたとされる内容が背景にあると説明されています。もっとも、そこで述べられたのは一つの解決の形としてあり得るという趣旨にとどまり、すべての事故をその割合で決めるべきだという話でも、示談の場で従わなければならない決まりでもありません。
自分で交渉して、裁判基準まで上げられますか。
難しいのが実情です。保険会社から示される額は、通常、自賠責保険の支払基準か任意保険会社の基準をもとに計算されており、ご自分で交渉している段階で裁判基準による額が示される例は多くありません。
弁護士費用特約は誰が使えるのですか。
一般的な自動車保険では、記名被保険者ご本人のほか、その配偶者、ご本人または配偶者と同居している親族、別居していても結婚していないお子さんなども対象になります。ただし、対象になる人や事故の範囲は保険契約の条件によって異なります。使えないと言われていたけれど実は使えたという例もありますので、ご家族の分も含めて保険証券を確かめ、保険会社に問い合わせてください。
特約を使えば、費用は全額出るのですか。
全額とは限りません。判決で相手方から弁護士費用に相当する額の支払を受ける場合、二重に補われる部分について保険金が減らされたり、返還を求められたりすることがあります。また、上限の額、対象になる費用、保険会社の事前の承認によっては自己負担が生じます。和解で終わった場合には、この調整が行われないのが通常です。扱いは保険契約の条件によって異なります。
慰謝料が上がれば、受け取る額も増えるのですか。
そうとは限りません。裁判になると、示談の段階では争われていなかった治療費や治療の期間、休業損害が争われ、損害の合計額が下がることがあります。既に支払われた額は合計から差し引かれますので、裁判の後に追加で受け取れる額が今の提示額より少なくなることもあります。
特約に入っていません。依頼した方がよいですか。
増額の見込みと弁護士費用を比べて決めることになります。増額が10万円ほどで費用が15万円かかるのであれば、依頼するとかえって手元が減ります。相談の際に、見込まれる増額と費用の見積りを確かめてください。

「8割で」と言われている方へ
まず、ご自身とご家族の自動車保険の証券を確かめ、弁護士費用特約が付いているかを見てください。あわせて、保険会社から届いた賠償額の一覧、通院先の一覧、整骨院に通っていた場合はその記録をご用意ください。相談の際は、慰謝料の増額だけでなく、ほかの損害の項目が減る可能性も併せて確かめてください。
本稿は、交通事故の慰謝料の交渉に臨む方に向けて、いわゆる裁判基準の8割という主張と、弁護士費用特約についての一般的な考え方を整理したものです。特約の適用範囲や保険金の扱いは、ご加入の約款によって異なります。個別の事案については、資料に基づく検討が必要です。
