示談の提示額には出てこないが、判決では認められる二つの項目
示談の提示書には、治療費、休業損害、慰謝料といった項目が並びます。事故から何年も経っている方でも、そこに利息のような欄はありません。弁護士に依頼した費用も、ご自身の負担のままです。「遅れた分の利息は付かないのか」「弁護士に払った分は相手が持つのではないか」と尋ねられることがよくあります。
結論から申し上げます。この二つは、訴訟を起こして請求が認められれば、賠償すべき損害の一部として扱われる項目です。ところが、保険会社が示談の段階で示してくる額には、まず入っていません。この違いが、提示額と、裁判で見込まれる額との間に差を生む一因になっています。仕組みを分けて整理します。
「遅延損害金」は、事故の日から発生する
遅延損害金とは、払うべきお金の支払が遅れたことに対して付く、利息に当たるものです。交通事故の賠償では、これが事故の日から発生します。
ふつうの取引であれば、支払う期限が来て初めて「遅れている」ことになります。ところが事故の賠償は違います。加害者は、被害者から支払を求められるまでもなく、事故が起きたその日から支払が遅れている扱いになるのです。最高裁判所昭和37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁が、被害者から求められるまでもなく、損害が生じたのと同時に遅れている状態になると述べて以来、この考え方が定着しています。
示談交渉の中で、保険会社と被害者が金額を争って何年か過ぎたとしても、数え始める日は動きません。争っていた期間の分も、遅延損害金の対象になります。
利率は事故の日で決まる
遅延損害金の利率は、支払が遅れ始めた時点の法定利率(法律で定められた利率)によります(民法第四百十九条第1項)。法定利率は年3%です(同法第四百四条第2項)。この規定は令和2年4月1日から施行されていますので、それ以降に起きた事故は年3%、同年3月31日までに起きた事故は改正前の年5%となります。
法定利率は3年ごとに見直される仕組みですが(同条第3項)、法務省の案内によれば、令和8年4月1日から令和11年3月31日までの期間も年3%のまま据え置かれることとなりました。

どれだけの額になるのか
仮に、認められる損害の額が1000万円だとしましょう。治療費、休業損害、慰謝料などを合計した額のことで、これを元本と呼びます。事故から3年後に支払を受けるとすれば、年3%で3年分ですから、90万円ほどが遅延損害金になります。決して小さな額ではありません。
ここで注意していただきたいのは、先に受け取ったお金の扱いです。自賠責保険(自動車を持つ人に加入が義務づけられ、対人事故の基本的な補償をする保険)から一部の支払を既に受けている方は多いのですが、その額を単純に元本から引いて計算すると、請求額が本来より少なくなってしまうことがあります。支払の内容や経過によっては、先に受け取った額を、その時点までに発生していた遅延損害金から先に差し引いて計算するという扱いをした最高裁判所の判決があるためです。
一部の支払を受けている事案では、この計算が複雑になります。支払を受けた日と額を一覧にしてから計算に入る必要があります。
遅延損害金に、さらに利息は付かない
遅延損害金が未払のまま積み上がった場合に、それを元本に組み入れて、さらに遅延損害金を付けられるかという議論がありました。最高裁判所令和4年1月18日第三小法廷判決は、事故の賠償についてはこれを認めないと判断しています。
弁護士費用の一部も、損害として認められる
訴えを起こすほかに道がなく、その訴訟を弁護士に任せた場合、その費用のうち一定の部分は、加害者が生じさせた損害として扱われます。最高裁判所昭和44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号441頁が、事案の難しさ、請求した額、認められた額といった事情を考えて相当と判断される範囲に限り、事故によって生じた損害として賠償の対象になると述べています。実際に弁護士へ支払った額の全部が、そのまま相手方の負担になるわけではありません。
実務では、判決で認められた元本額の1割程度とするものが多く見られます。以前は、損害額が特に高額な事案では5%前後まで下げる例が少なくありませんでしたが、今は高額の事案でも1割とすることが多いようです。逆に、額が小さい事案だからといって15%まで上げる例は、あまりありません。
この弁護士費用の分にも、事故の日からの遅延損害金が付きます(最高裁判所昭和58年9月6日第三小法廷判決・民集37巻7号901頁)。
弁護士費用について、押さえておきたいこと
- 訴訟で請求が認められた場合に、その一部として認められるものである
- 額の目安は、認められた元本額の1割程度
- 実際に弁護士へ支払った額と、判決で認められる額とは別のもの
- 弁護士費用特約から着手金の支払を受けていても、この損害から差し引かないとした裁判例が多い
保険会社の提示では、独立した項目にならない
遅延損害金は、法律上は事故の日から発生していますから、示談で終える場合に「存在しない」わけではありません。当事者が納得すれば、その分を含んだ額で合意することもできます。しかし、保険会社が示談の段階で提示してくる額に、これらが項目として計上されることは、まずありません。
むしろ実務では逆のことが起こります。保険会社は、示談交渉は裁判ではないという理由で、慰謝料について、裁判で慰謝料を算定するときに参考にされる基準の8割から9割の額を示してくることが多いといわれます。遅延損害金と弁護士費用が乗らない上に、慰謝料そのものも裁判所の基準より低く抑えられている、という形になりやすいのです。もっとも、どの程度の額を示してくるかは、保険会社と事案の内容によって異なります。
ですから、示談で終えるか訴訟に進むかを比べるときには、この差を計算に入れる必要があります。交渉の場でも、裁判になった場合の遅延損害金と弁護士費用を具体的な金額として算出し、提示額と並べて示すことが、有効な材料になります。
単純な足し算にはならない
他方で、「訴訟にすれば1割と年3%が上乗せされる」という考え方も当てはまりません。訴訟では、過失割合や損害額そのものが改めて争われますから、認められる元本が提示額を下回ることもあります。上乗せの分だけを見て判断はできず、争点ごとの見通しと併せて考える必要があります。
支払を遅らせれば得になるのか
遅延損害金は時が経つほど積み上がりますから、支払を受けるのを遅らせた方が得になるように見えます。実際にはそうではありません。
第一に、保険会社の示談提示にこの項目が乗らないことは、先に述べたとおりです。待っていても、提示額が自動的に増えていくわけではありません。第二に、賠償を求める権利には期間の制限があります。一定の期間が過ぎた後に相手方から消滅時効(期間の経過を理由に支払を拒めるという主張)を持ち出されると、賠償を受けられなくなることがあります。請求できる期間は、けがの損害と車の損害とで異なりますので、事故の日と症状固定の日を確かめておいてください。第三に、示談が延びれば、その間の生活のやりくりという負担がご自身にかかります。
遅延損害金は、支払が遅れた期間について、その遅れを金銭で埋めるものです。遅延損害金を増やすためだけに解決を遅らせても、一般に被害者の利益にはなりません。
迷ったときに考えていただきたいこと
示談の提示額に納得できるかどうかを考えるとき、比べる相手は判決で認められそうな額です。その額には、この二つの項目が含まれます。もっとも、比べるのは金額だけではありません。解決までにかかる時間、ご自身の負担、そして訴訟で不利な判断が出る可能性も併せて考えることになります。
他方で、提示額と判決の見込みとの差が小さければ、時間と負担を考えて示談で区切る方が、結果として良いこともあります。訴訟にすれば必ず有利になるというものではありません。
まず、保険会社の提示書、既に受け取った額とその支払日、事故の日が分かる資料、通院の記録をそろえてください。これがあれば、遅延損害金と、訴訟で認められる可能性のある弁護士費用を試算できます。ご自身で見込みを立てるのが難しいときは、これらをお持ちの上でご相談ください。
よくある質問
示談の交渉で、遅延損害金と弁護士費用を求めることはできますか。
求めること自体は自由です。ただし、保険会社が示談の段階でこれらを項目として計上することは、まずありません。交渉では、裁判になった場合に加わる額を具体的に算出して示し、提示額の妥当性を論じる材料として使うことになります。
弁護士に支払った費用の全額を、相手方に負担させられますか。
原則として、実際にお支払いいただいた費用の全額がそのまま認められるわけではありません。訴訟で認められる弁護士費用は、認められた元本額の1割程度とするものが多く見られます。
弁護士費用特約を使っています。それでも弁護士費用の損害を求められますか。
特約から着手金(弁護士に依頼するときにお支払いいただく費用)の支払を受けていても、判決で認められる弁護士費用の損害から差し引くべきではないとした裁判例が多くあります。もっとも、これは約款(保険契約の内容を定めた取決め)の定めと支払の経過によります。保険証券と約款で、特約の対象となる範囲と限度額、既に支払われた額をご確認ください。
利率は何%になりますか。
令和2年4月1日以降に起きた事故は年3%、それより前に起きた事故は年5%です。法定利率は3年ごとに見直されますが、令和8年4月1日から令和11年3月31日までの期間も年3%のままとされています。
遅延損害金が積み上がった分に、さらに遅延損害金は付きますか。
付きません。最高裁判所令和4年1月18日第三小法廷判決が、事故の賠償については、遅延損害金を元本に組み入れて重ねて計算することはできないと判断しています。

提示額に納得できないと感じたら
示談の提示書、事故の状況が分かる資料、通院の記録をまとめてお持ちください。遅延損害金と弁護士費用を含めた判決の見込みが、示談で区切るか訴訟に進むかを判断する材料になります。
本稿は、交通事故の賠償における遅延損害金と弁護士費用について一般的な考え方をお伝えするものです。認められる額や利率は、事故の日、争点の内容、既に支払を受けた額などによって異なります。個別の事案については、資料を確認した上での検討が必要です。

